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東京高等裁判所 平成5年(ネ)612号 判決

控訴人

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

被控訴人

佐藤幸義

右訴訟代理人弁護士

金井厚二

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  昭和六三年一二月三日午前一時三五分ころ、被控訴人が助手席に乗車していた石原広幸(以下「石原」という。)運転の自家用小型乗用自動車(群五九す八七〇六、以下「本件自動車」という。)が、群馬県高崎市昭和町一八〇番地先十字路市道上を対面信号が黄色点滅中に西方から東方に向けて走行していたところ、登丸正浩運転の普通乗用自動車(群五七ま五四二〇、以下「本件加害車」という。)がその対面信号が赤色点滅中に同十字路市道上を南方から北方に向けて走行してきて本件自動車と衝突したため(以下「本件事故」という。)、被控訴人は、右眼球破裂、右眼瞼裂傷等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負い、治療を受けたが、右眼失明及び右眼瞼瘢痕の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残るに至った。本件後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表障害別等級表八級一号に該当するから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)上の後遺障害保険金額は七五〇万円である。

2  本件自動車は、高崎松菱株式会社(現在の商号は松菱金属株式会社、以下「高崎松菱」という。)の所有であり、同社は控訴人と本件自動車を被保険自動車とし、本件事故時を保険契約期間内とする自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結していた。

3  被控訴人は、高崎松菱の従業員であるところ、同社から、本件自動車をその業務の遂行のためと同社に通勤するため等に使用することが認められていた。

4  被控訴人は、昭和六三年一二月三日午前零時ころ、車両運転代行業者有限会社中村パーキングサービスピー代行(現在の商号は有限会社東日本代行モーター販売、以下「P代行」という。)と、本件自動車に被控訴人を同乗させて、これを高崎市昭和町のスナック「234」から被控訴人の自宅まで運び届けることを目的とする運送契約を締結した。P代行は、右運送契約に基づき、本件自動車の運転を石原に割り当て、同人は、同日午前一時過ぎ本件自動車の助手席に被控訴人を同乗させて、右スナックから被控訴人の自宅に向かったが、その途中において、前記のとおり本件事故に遭遇したものである。

5  P代行及び石原は、本件事故当時、本件自動車の所有者である高崎松菱及び被控訴人の許諾のもとに、かつ、前記運送契約の履行として、本件自動車を運転していたものである。したがって、P代行及び石原は、本件自動車を使用する権利を有する者に該当し、かつ、自己のために本件自動車を運行の用に供していた者というべきであって、自賠法二条三項にいう「保有者」に該当するから、P代行及び石原は被控訴人に対し、被控訴人が被った本件後遺障害に基づく損害につき、自賠法三条に基づき、賠償すべき責任があるものというべきである。

6  被控訴人は本件自賠責保険契約の保険者である控訴人に対し、平成元年一一月ころ、自賠法一六条に基づき、本件後遺障害保険金額である七五〇万円の損害賠償額の支払を求める旨の意思表示をした。

7  よって、被控訴人は控訴人に対し、損害賠償額七五〇万円及びこれに対する右催告後である平成二年一月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の答弁及び抗弁

1  請求原因1及び2の各事実は認める。同3の事実は知らない。同4の事実のうち、石原が本件自動車を運転して走行中本件事故に遭遇したことは認めるが、その余の事実は知らない。同5の事実は争う。同6の事実は認める。

2  P代行及び石原は、自賠法二条三項にいう「保有者」に該当しない。

(一) 一般旅客自動車運送業及び一般貨物自動車運送業を営む者は、運輸大臣の許可を受けなければならないところ(道路運送法四条、貨物自動車運送事業法三条)、運転代行業者が右の許可を受けずに営業を行っているのは、利用者から依頼を受けて、利用者の自動車を運送したり、運転代行業者の車に利用者を客として乗車させるのではなく、運転代行業者が利用者同乗の自動車に乗って、運転の一部である運転操作を代行するだけであるからにほかならない。したがって、運転代行契約は、運転代行業者が利用者に対し、運転者を派遣して自動車の運転操作という役務を提供し、利用者が運転代行業者に対しその報酬を支払うことを約する無名契約にすぎず、P代行及び石原は、同契約に基づき本件自動車を使用する権限まで取得することはない。

仮に、運転代行契約によりP代行及び石原が本件自動車を使用する権限を取得し得るとしても、被控訴人は、勤務先の高崎松菱所有の本件自動車を業務用及び通勤用に使用することを許容されていたもので、同会社の承諾がない限り、本件自動車をP代行及び石原に使用させることはできないところ、被控訴人は高崎松菱の右承諾を得ていないから、P代行及び石原は、本件事故時において、本件自動車を使用する正当な権限を有していなかった。

(二) また、P代行は、被控訴人から本件運転代行行為を依頼され、石原が運転代行に当たったものであるが、P代行及び石原は、被控訴人の自宅まで本件自動車の運転操作することを依頼されただけであるから、同人らは、自賠法上の「運転者」にすぎず、運行支配及び運行利益を有していないのであって、この関係は、自動車を所有又は利用している者が運転手を雇用して運転させる場合となんら異なるところはない。

3  被控訴人は、自賠法三条本文の「他人」に該当しない。

(一) 運転代行業の利用者は、飲酒のため安全な運転ができない場合又は運転が禁止されているため、安全な運転ができる者を選任し運転を委ねているものであるが、このことは、利用者の運行支配(危険の防止)の具体化であり、縮小や放棄ではない。また、右利用者はいつでも運転代行契約を破棄し、若しくは運転者の交代を命じることができる立場にあり、運転代行業者若しくは運転者はこれを拒否することはできない。したがって、被控訴人は、P代行に運転代行行為を依頼したとしても、運行支配を失っておらず、P代行及び石原は運行支配を有していないから、被控訴人のみが運行供用者であって、被控訴人は、P代行及び石原との関係において、自賠法三条本文の「他人」に該当しない。

(二) 仮に、P代行及び石原が被控訴人とともに運行支配を有し、いずれも運行供用者に該当するとしても、被控訴人はいつでも石原の運転につき具体的に指示することができる立場にあったのであるから、石原が被控訴人の運行に服さず被控訴人の指示を守らなかった等の特段の事情が認められない本件においては、本件自動車の具体的運行に対する被控訴人の支配の程度は、運転していた石原のそれに比し勝るとも劣らなかったものというべきであって、被控訴人は、P代行及び石原に対する関係において、自賠法三条本文の「他人」に当たるということはできない(最高裁昭和五七年一一月二六日第二小法廷判決・判例時報一〇六一号三六頁参照)。

なお、本件は、運行供用者である被控訴人と石原がともに本件自動車に同乗していたから、同乗している運行供用者の運行支配が同乗していない運行供用者のそれより直接的、顕在的、具体的であるか否かにより他人性を判断する最高裁判例(最高裁昭和五〇年一一月四日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一五〇一頁)は、本件と事案を異にし、その判断基準を本件に適用することは適切ではない。

4  被控訴人は、本件事故により被った損害のうち、P代行及び石原に対し賠償を請求することができる損害額につき、既に填補を受けている。

被控訴人は、本件事故に関し、本件加害車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険から八五六万五四六〇円(傷害分として一〇六万五四六〇円、後遺障害分として七五〇万円)、登丸正浩から二一五万円、同人を被保険者とする他車運転危険担保特約付き自家用自動車保険契約の保険者大東京火災海上保険株式会社(以下「大東京火災海上」という。)から九〇〇万円、P代行及び石原から合計五〇〇万円、総計二四七一万五四六〇円の支払を受けているところ、本件事故の態様から、過失割合は登丸正浩が八割、石原が二割と見るべきである。そして、被控訴人とP代行及び石原との間には、被控訴人が、本訴において被控訴人勝訴の終局判決が確定したときは、P代行及び石原に対する損害賠償請求権に基づき、控訴人に対して直接その損害賠償額の支払を請求するとの裁判上の和解が成立しているから、右和解により控訴人が被控訴人に対して請求することができる損害賠償額は、P代行及び石原が負担すべき四九四万三〇九二円(24,715,406円×0.2)であるところ、同人らは被控訴人に対し、既に右負担割合を超える支払をしている。

三  控訴人の右二2ないし4の各主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人の右二2及び3の各主張はいずれも争う。

2(一)  控訴人の右二4の主張のうち、被控訴人が、本件事故により被った損害に対する賠償として、本件加害車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険から八五六万五四六〇円、本件加害車の運転手登丸正浩から二一五万円、同人を被保険者とする他車運転危険担保特約付き自家用自動車保険契約の保険者大東京火災海上から九〇〇万円、P代行及び石原から合計五〇〇万円、総計二四七一万五四六〇円の支払を受けたこと、被控訴人とP代行及び石原との間には、被控訴人が、本訴において被控訴人勝訴の終局判決が確定したときは、P代行及び石原に対する損害賠償請求権に基づき、控訴人に対して直接その損害賠償額の支払を請求するとの裁判上の和解が成立したことは、いずれも認めるが、その余の控訴人の右主張は争う。

(二)  被控訴人が本件事故により被った損害は、(1)治療費一九万九八一〇円、(2)付添費一四万五〇〇〇円、(3)入院雑費九万七二〇〇円、(4)文書料三万九二五〇円、(5)交通費一四万八〇二〇円、(6)休業損害八八万六六四〇円、(7)傷害慰藉料一五〇万円、(8)逸出利益三八三五万九七七七円、(9)後遺障害慰藉料六六〇万円、(10)弁護士費用三〇〇万円、以上合計五〇九七万五六九七円である。

本件事故の発生につき、石原に控訴人主張のように過失があったとしても、その過失は被控訴人側の過失とはいえないから、被控訴人は右損害につき過失相殺をされる筋合いではない。登丸正浩、P代行及び石原は、被控訴人に対し、共同不法行為者として被控訴人が本件事故により被った損害の全額につき賠償すべき不真正連帯債務を負うものというべきである。したがって、右損害額の合計から前記既に支払を受けた合計二四七一万五四六〇円を差し引いても、損害の残額は二六二六万〇二三七円であるから、被控訴人のP代行及び石原に対する各損害賠償請求権は、右支払を受けたことにより消滅していない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二1  原審における被控訴人本人尋問の結果、公知の事実及び弁論の全趣旨によると、(一)被控訴人は、高崎松菱に約二〇年を超える期間勤務していた従業員であるところ、同社は被控訴人に対し、本件自動車を同社の業務の遂行のためのみならず、被控訴人が同社に通勤の用に供するほか、自宅に持ち帰って私用にも使うことをも認めて、本件自動車を貸与していたこと、(二)被控訴人は、昭和六三年一二月二日、当日の勤務を午後六時三〇分ころ終えた後、小料理屋で午後九時ころまで飲酒し、更に午後九時過ぎから翌三日午前零時すぎころまで高崎市昭和町のスナック「234」において飲酒を重ね、その飲酒量が水割り八、九杯に及び、被控訴人の酒量に達したため、酒酔い運転の罪(道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号)又は酒気帯び運転の罪(同法六五条一項、一一九条一項七号の二)を犯すことを避け、かつ、酒に酔って本件自動車を運転することによって生じる危険を回避するため、本件自動車の運転を運転代行業者に任せて自宅に帰ることを決め、右スナックの従業員に運転代行業者を呼ぶよう依頼したこと、(三)右従業員が、車両運転代行業者であるP代行に対し、本件自動車に被控訴人を乗車させて被控訴人の自宅まで本件自動車を運び届けること(以下「本件運転代行」という。)を依頼したところ、P代行はこれを有償ですることを承諾して本件運転代行の担当を石原に割り当てたこと、(四)石原が同日午前一時ころ右スナックに到来したので、被控訴人は同人に対し、行き先を高崎市江木町の当時の被控訴人の自宅と告げ、そこまで運び届けることを依頼し、これを承諾した石原が、同日午前一時過ぎころ被控訴人を本件自動車の助手席に乗車させて、右スナックから被控訴人の右自宅に向かう途中において、本件事故に遭遇したこと、(五)高崎市を含む群馬県は、わが国で最も自動車の普及している地域であり、P代行のようないわゆる運転代行業者の利用もかなり行われていることを認めることができる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  〈書証番号略〉並びに原審における証人中村民治及び同石原広幸の各証言を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  いわゆる運転代行業とは、自動車の所有者又は使用権者(以下「利用者」という。)に代わって、当該自動車を目的地まで安全に運転する役務を提供し、それに対して報酬を受領することを業とするものであり、多くの場合、利用者をもその自動車に同乗させて運ぶ形態をとっている。

(二)  当該自動車を運転する代行運転者については、運転代行業者が雇傭契約を締結した自己の従業員を利用者の依頼に備えて待機させておく場合と、雇傭契約を締結することなく、運転代行業者が自己の会員として登録させて、各会員に運転代行を下請けさせる場合とがある。

(三)  P代行は、代行運転者については会員制をとり、次のような営業形態をとっている。すなわち、新聞で代行運転者となる会員を募集し、募集に応じた代行運転者はP代行に月会費を支払ってP代行に登録され、P代行が利用者から運転代行の依頼を受けると、利用者が特定の運転者を指名する場合を除き、P代行は、待機している各会員に順番に代行運転の依頼を割り当て、代行運転者は、P代行から貸与を受け又は自ら用意した移動用自動車で、自ら雇傭した運転助手若しくはP代行から指定された運転助手を伴って利用者の指定した場所に赴き、同所から利用者の依頼した自動車に利用者を乗せて、同自動車を運転して依頼者の指定する場所に運び、運転助手は移動用の自動車を運転して代行運転自動車に追随し、代行運転者はP代行の定めた料金表に従って利用者から料金を受け取り、右料金は、取り決めに従ってP代行、代行運転者及び運転助手の間で分配される。

(四)  石原は、P代行の会員であり、本件事故直前にP代行から無線連絡で運転代行の依頼を受け、自己所有の自動車に、自ら雇傭した運転助手の福田三津江を同乗させて、被控訴人の待つスナック「234」に赴き、前記のように、被控訴人を本件自動車の助手席に同乗させ、自己の自動車を福田に運転させて、被控訴人の指示した目的地に向けて本件自動車の運転を開始したものである。

3(一) 右1及び2に認定の事実関係によると、(1)高崎松菱は、被控訴人に対し、本件自動車を本件事故当時のような利用の態様を含む利用を予め認めて貸し与えていたこと、被控訴人が、酔うなどして本件自動車を正常に運転することができなくなったときには、運転代行業者に本件自動車の運転を委ね、運転代行業者が右目的のために本件自動車を使用することをも認めていたものと推認するのが相当であるから、P代行及び石原は、本件事故当時、本件自動車を運行の用に供しうる正当な権利を有していたものというべきであり、(2)また、被控訴人は、飲酒して酔っていたので、本件自動車を運転することによって生じる危険を回避するため、本件運転代行をP代行及び石原に依頼し、同人による運転が行われている間は、同人に本件自動車の運転を全面的に委ね、被控訴人は、石原に対し、運転の交代を命じたり、その運転について目的地を指示する以外は具体的に指示をすることができる立場にはなくなっていたものというべきであり、他方、P代行は営業として顧客である被控訴人から本件運転代行を請け負い、石原もP代行から更に運転代行を請け負って現に本件自動車の運転に当たり、P代行及び石原は右契約により、被控訴人に対し本件自動車の運転を制御して本件自動車及びこれに同乗する被控訴人を安全に目的地に送り届ける義務を負う一方、その対価を得ていたのであるから、P代行及び石原は、本件事故時の本件自動車の運行につき、運行支配及び運行利益を有していたものというべきであり、(3)したがって、P代行及び石原は、本件事故当時、本件自動車の保有者と認めるのが相当である。

(二)(1) 控訴人は、本件事故時、本件自動車の運行供用者は被控訴人のみであり、P代行及び石原は運行支配も、運行利益も有していなかった旨主張する。

しかしながら、被控訴人は、P代行及び石原に対して本件運転代行を依頼したからといって、本件自動車の使用権者たる地位、したがってまた運行供用者たる地位を喪失したとはいえないが、前記認定の事実関係のもとにおいては、右のとおり、P代行及び石原も本件自動車の運行支配及び運行利益を有していたものというべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。

(2)  また、控訴人は、自動車の所有者等が運転手を雇用し、自動車の運転を被用者に委ねた場合には、被用者には運行支配及び運行利益がないことは明らかであり、本件のように運転代行を依頼した場合、現実の運転者が運行支配及び運行利益を有しない点において、被用者による運転の場合と径庭はない旨主張する。

しかしながら、自動車の所有者等が運転手を雇用し、自動車の運転を被用者に委ねた場合においては、使用者は、当該自動車の所有権等を有するのみでなく、運転手と継続的な雇用契約関係に立ち、両者は支配従属の関係にあるのであるから、使用者が物的及び人的の両面から右自動車の運行を支配し、それによる利益が使用者に帰属しているといえる反面、被用者には運行支配がなく、運行利益も帰属しているとはいえない。これに対し、前記認定の事実関係に照らすと、被控訴人とP代行及び石原との間には、右のような継続的、人的な支配従属関係はなく、P代行及び石原は、被控訴人との本件運転代行契約に基づき、被控訴人から対価を得て、本件自動車及びこれに同乗する被控訴人をその指定した行き先まで安全に運び届けることを業として請け負ったものというべきである。したがって、自動車の運転に起因する危険の管理という観点から見て、当該自動車の具体的運行についての支配の程度及び運行利益の帰属の有無を判断する上において、被用者たる運転手とP代行及び石原とを同一視することはできないものというべきである。したがって、P代行及び石原による本件運転代行を被用者による運転の場合と同様に解すべきであるとする控訴人の右主張も採用することはできない。

4 被控訴人が、本件事故当時、本件自動車につき、運行供用者たる地位を喪失したとはいえないことは前記のとおりであるところ、控訴人は、被控訴人が自賠法三条本文にいう「他人」に該当しない旨主張するので、以下この点について判断することとする。

ところで、自動車の保有者甲が他の保有者乙を同乗させて自動車を運転中に、その運行により、乙の生命又は身体が害された場合に、乙は、甲との関係において、常に自賠法三条本文にいう「他人」に当たらないというべきではなく、当該具体的事実関係のもとにおいて、「他人」に当たることもありうるものと解すべきである。そして、当該自動車に対する使用権原の性質又はその使用権原が甲又は乙のいずれに由来するかにより、両者の運行支配の程度は異なるものというべきであり、甲が乙所有の自動車の無償使用権者にすぎないとき又は丙所有の自動車を乙が借り受け、甲が丙の承諾のもとに乙から借り受けたとき等のように、当該自動車の使用権原の性質又はその由来から見ると、乙の当該自動車の運行支配の程度が甲のそれに比し勝るとも劣らない場合には、原則として、乙は「他人」に当たるとはいえないと解すべきであるが、甲と乙との法律関係、乙の現実の運行支配可能性等当該具体的事実関係に照らして、甲が乙の運行支配に服する立場になくなっているか、又は乙が当該自動車の運行に伴う危険を回避するため全面的にその運行支配を甲に委ね、甲において右危険を全面的に引き受け、しかもそうすることが社会的に相当なものといえる等の特段の事情があるときには、乙は「他人」に当たると解するのが、危険責任の法理に基づく自賠法三条の趣旨に沿うものというべきである。

本件において、前記のとおり、被控訴人は、P代行及び石原に対して本件運転代行を依頼したからといって、本件自動車の使用権者たる地位、したがって運行供用者たる地位を喪失したものとはいえず、また、P代行及び石原の本件自動車を使用する権原は被控訴人の使用権原に由来するものであるから、その使用権原の性質及び由来のみからすれば、P代行及び石原の本件自動車についての運行支配の程度は、被控訴人のそれより劣るものというべきであるが、被控訴人は、飲酒し酔っていたので、酒酔い運転の罪又は酒気帯び運転の罪を犯すことを避け、かつ、酒に酔って本件自動車を運転することによって生じる危険を回避するため、本件運転代行をP代行及び石原に依頼し、石原による本件自動車の運転が行われている間は、石原に本件自動車の運転を全面的に委ね、被控訴人は、石原に対し、運転の交代を命じたり、その運転について目的地を指示する以外は具体的に指示をすることができる立場にはなくなっていたものというべきであり、他方、P代行及び石原は、本件運転代行を請け負ったことにより本件自動車に起因する危険についての管理を全面的に引き受けたものというべきであるうえ、被控訴人が本件運転代行を依頼した行為は、本件自動車の運転に起因する危険の防止という観点から社会的に相当なものというべきであるから、被控訴人は、P代行及び石原との関係においては、自賠法三条本文にいう「他人」に該当するものと解すべきである。

したがって、右と異なる見解に立つ控訴人の前記主張は、採用することができない。

三控訴人は、被控訴人は本件事故により被った損害のうち、P代行及び石原に対し賠償の請求をすることができる損害額につき、既に填補を受けている旨主張するので、以下この点について判断する。

1  〈書証番号略〉、原審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、昭和二六年三月二日生まれの男子で、本件事故当時、健康であり、高崎松菱に勤務し年収四九五万二三六六円の給与及び賞与を受けていたものであるが、本件事故により本件傷害を受け、その治療のため、本件事故の日の昭和六三年一二月三日から平成元年一月三一日までの六〇日間群馬大学医学部附属病院に入院し、右入院開始日から昭和六三年一二月末日までは付添人を要する状態にあったこと、平成元年二月一日から同年五月二日まで同病院に通院して治療を受け(実治療日数一一日)、また、同年四月二八日から同年七月一九日まで前橋赤十字病院において右眼瞼部の瘢痕について形成手術等の治療を受けるために同病院に入通院したが(同年五月二二日から同年六月一日まで入院、通院の実治療日数四日)、本件後遺障害が残るに至ったこと、本件後遺障害(右眼失明の症状が固定したのは平成元年二月二一日)により被控訴人は右症状固定の日から満六七歳まで労働能力の四五パーセントを喪失したこと等の事実を認めることができる。そして、前掲証拠及び右認定の事実関係に照らすと、本件事故により被控訴人は、少なくとも、(1)治療費一九万九八一〇円、(2)付添費五万八〇〇〇円(要付添期間二九日、一日当たり二〇〇〇円)、(3)入院雑費八万四〇〇〇円(入院期間合計七〇日、一日当たり一二〇〇円)、(4)休業損害八八万六六四〇円、(5)傷害慰藉料一五〇万円、(6)逸出利益三三二〇万一三七九円(4,952,366×0.45×14.8981=33,201,379)、(7)後遺障害慰藉料六六〇万円、以上合計四二五二万九八二九円の損害を被ったことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。被控訴人主張のその余の損害は、本件全証拠をもってしても認めるに足りない。

そして、既に認定した前示の事実関係に照らすと、本件事故の発生につき、石原に控訴人主張のように過失があったとしても、その過失は被控訴人側の過失とはいえないから、被控訴人の右損害につき過失相殺をすることは許されないものというべきである。したがって、登丸正浩、P代行及び石原は、被控訴人に対し、共同不法行為者として、被控訴人が本件事故により被った右損害の全額につき、各自、賠償すべき不真正連帯債務を負ったものというべきである。

2  被控訴人が、本件事故により被った損害に対する賠償として、本件加害車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険から八五六万五四六〇円、本件加害車の運転手登丸正浩から二一五万円、同人を被保険者とする他車運転危険担保特約付き自家用自動車保険契約の保険者大東京火災海上から九〇〇万円、P代行及び石原から合計五〇〇万円、総計二四七一万五四六〇円の支払を受けたこと、被控訴人とP代行及び石原との間には、被控訴人が、本訴において被控訴人勝訴の終局判決が確定したときは、P代行及び石原に対する損害賠償請求権に基づき、控訴人に対して直接その損害賠償額の支払を請求するとの裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実及び〈書証番号略〉によれば、本件和解においては、被控訴人の本件事故による損害額が既払金及び社会保険給付金を除いて二一五〇万円あることが確認された上、被控訴人に対し、大東京火災が九〇〇万円、石原及びP代行が連帯して合計五〇〇万円を支払い、被控訴人は、本件訴訟の終局判決が、被控訴人勝訴に確定したときは、P代行及び石原に対する損害賠償請求権に基づき、控訴人に対して直接その損害賠償額の支払を請求し、被控訴人敗訴に確定したときは、P代行及び石原に対するその余の損害賠償請求権を放棄する等のものであることが認められる。

3  右1及び2において認定した事実関係によれば、本件事故により被控訴人が被った損害四二五二万九八二九円から填補を受けた前記二四七一万五四六〇円を控除した残額は一七八一万四三六九円であり、本件和解において既払金及び社会保険給付金とされた各金額並びにその余の弁済の有無又はその額については控訴人の主張・立証しないところであるうえ、本件和解においては、被控訴人の本件事故による損害額が既払金及び社会保険給付金を除いて二一五〇万円あるものとされ、大東京火災が九〇〇万円、P代行及び石原が連帯して一二五〇万円のうち五〇〇万円を支払い、残る七五〇万円の支払を控訴人に対する自動車損害賠償責任保険に関する本件訴訟の結果に係らしめたものであって、登丸正浩とP代行及び石原との過失割合に従って、同人らの負担額を定めたものとはいえないことが明らかである。したがって、P代行及び石原は、被控訴人に対し、前記合計五〇〇万円を支払った後においても、なお各自七五〇万円の損害賠償責任を負っているものというべきであるから、控訴人の右主張は理由がないものというべきである。

四以上のとおりであるから、P代行及び石原は、本件自動車の保有者として、自賠法三条に基づき、各自被控訴人に対し、本件事故によって被控訴人が被った前記損害のうち本件後遺障害についての自賠責保険金額と同額の七五〇万円の賠償責任があるものというべきである。したがって、被控訴人は、本件自賠責保険契約の保険者である控訴人に対し、自賠法一六条に基づき、七五〇万円の損害賠償額の支払いを直接求める権利を有するところ、被控訴人が控訴人に対し、平成元年一一月ころその支払いを求める旨の意思表示をし、これがその頃控訴人に到達したことは、当事者間に争いがないから、七五〇万円及びこれに対する右催告後の平成二年一月一〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める被控訴人の本訴請求は、正当というべきである。したがって、これと同旨の原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴は理由がないものというべきである。

よって、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官長野益三 裁判官伊藤紘基)

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